「新しい時代にふさわしいオフィスとは」
家元新社屋Nodeプロジェクト 代表インタビュー
2023年3月に完成した株式会社家元の新社屋「Node(ノード)」。 街にひらけたパブリックな空間として新たに生まれたこの建物には、家元がこれまで大切にしてきた「人」や「地域」との関わりに対する想いが込められています。今回は建築家の奈良祐希氏に設計を依頼した経緯から、カフェレストランやギャラリーを併設した理由まで。代表の羽田和政氏に話をうかがいました。
目指したのはアートを軸にした地域コミュニティの活性化
新社屋プロジェクトが立ち上がったのは2019年。当初は、都市中心部での設計を基本構想としてスタートしましたが、コロナ禍を経て、新たな人の流れを生み出すことを目的とした設計へと、緩やかにコンセプトがシフトチェンジしていきました。
― なぜ、「人の流れを生み出す」といった方向性へとシフトしていったのですか?
羽田氏:もともとは自社設計によるオフィスのみの新社屋を建てる予定でした。ところがコロナ禍に突入し、テレワークやリモートワークが定着するにあたって、オフィスの在り方を見直すべきだという意見がプロジェクト内でも出始めたんです。私自身、オンラインでどこでも仕事ができることに便利さを感じつつ、地域や人とのつながりが希薄化していくことに不安を覚えていました。そうした中で、シェアの概念を建物に与え、地域コミュニティの活性化につながる“次世代型”の新社屋を目指すことになりました。
― そんな中で、設計者には陶芸家としても活躍する建築家の奈良祐希氏を迎え入れています。どういった経緯で協力を依頼することになったのでしょうか?
羽田氏:新社屋のある金沢市問屋町は、古くからビジネス街として栄えてきました。一方で、近年は金沢美術工芸大学が創作活動の拠点とするなど、アートとの関わりも深まっています。そういった意味でも、芸術的な視点で建築と向き合う奈良さんは適任といえる存在でした。実際に奈良さんが設計に携わってからは、単なる建築物からアート色の強い建築物へと大きく変わりました。いつかこの建物が街のシンボルとなり、地域のアートシーンを牽引する存在になることを期待しています。
建築的な見所のひとつに、2階部分が約5m跳ね出したキャンチレバー(片持ち梁)があります。
羽田氏:限られたスペースの中で、建物の美しさを保ちながら、いかにして広い空間を作るかも課題のひとつでした。おそらく国内の木造建築で、5mのキャンチレバーを有する構造体というのは例がないのではないでしょうか。構造設計は東京のオーノJAPANに依頼し、木造トラス架構を各所に配置することで、景観の妨げになる柱も必要としていません。それと、建物全体は一見すると2つの棟を3つのブリッジ(渡り廊下)でつなげただけに見えますが、じつはひとつの建物としてしっかりとした構造計算がされており、お互いの建物を支え合うことで地震に対する揺れにも対応します。キャンチレバーと同様にこの建物の美観性を象徴するブリッジですが、ふたつの建物を行き来する動線としてだけでなく、構造上とても重要な役割を担っているんです。
― モダンなデザインでありながら、建物からは古き良き日本の伝統のようなものを感じます。一体なぜでしょうか?
羽田氏:自然界との調和もこのプロジェクトの大きなテーマ。外壁は昔ながらの「掻き落とし」という工法を用いて、隆起した岩肌や洞窟のような質感に仕上げています。これには家元のスタッフも作業に加わり、レーキやハンマーなどを使って約2~3週間かけて完成させました。時間の経過とともに渋みが増し、変化を楽しめるアートな外壁。 陶芸家として長年土と向き合ってきた奈良さんならではのこだわりだと感じます。
食、飾、職。さまざまな角度から人を呼び込む。
結び目や集合点などを意味する「Node」という言葉には、人と文化が交流する点となるようにと思いが込められています。ここからは羽田代表の案内のもと、建物内に併設された4つのシェア空間を紹介していきます。
― 敷地内には建物を二分するような形で「緑のミチ」が敷かれています。どういった意図があるのでしょうか?
羽田氏:緑のミチはこの建物のコンセプトを象徴する重要なパーツです。人や地域の交流をイメージし、建物の間にクロスした2本の通り道を設けています。モチーフになっているのは、自然豊かな庭園と金沢最古の茶室を持つ「西田家庭園 玉泉園」。枝葉が横に伸びず、縦方向に成長するシャラの木を植栽することで、圧迫感のない仕上がりとなりました。緑のミチに面した壁はすべてガラス張りになっているので、オフィスで働くスタッフやカフェを利用する方は、室内から緑を眺めることができます。植栽デザインを担当したのはそら植物園の西畠清順さん。自然界との調和を目指す上で、生命力に満ち溢れた彼のエネルギーは必要不可欠なものとなりました。
1階には、街の人たちが利用できるカフェレストランも併設されています。
羽田氏:昼の部をプロデュースするのは地元ではお馴染みの「フルーツむらはた」さん。名物のフルーツパフェのほか、パンケーキやパスタなども食べることができます。夜の部は出張シェフによる完全予約制のレストランとして、県内外の有名シェフを招いたコラボイベントも随時開催しています。
― 隣にあるギャラリーでは、どのような展示をされているのでしょうか?
羽田氏:現在は、設計を担当した奈良さんと、外構を担当した西畠清順さんのコラボ展が開催されています。今後は地元の学生やアーティストの作品を展示するなど、地域密着型のギャラリーを目指していきたいですね。また、北側2階にはセミナーなどを開催するパブリックオフィスのほか、レンタル可能なプライベートルームやVIPルームなども併設されています。
― 南側2階部分は家元の本社オフィスとなります。こちらで働いているスタッフさんの反応はいかがでしょうか?
羽田氏:良いですね。新社屋になってからスタッフの笑顔が増えた気がします。みんな生き生きとしている。創業時から「お客さんが泣いて喜んでくれる引き渡しをしたい」と言い続けてきましたが、言葉ではなかなか伝わらない部分もあり、ときにはスタッフは本当に仕事を楽しんでいるのかと真剣に考えたこともありました。この建物は自分がこれまで考え、実践してきたことを具現化したもの。言葉では伝わりにくかった人や地域との関わりの部分が、この建物を通して伝わっていると思うと感慨深いものがあります。
― 最後に「Node」を拠点にした今後の展望についてお聞かせください。
羽田氏:この新社屋をきっかけに、問屋町という街全体をアート作品としてアピールしていきたいですね。目指すのはアートを取り入れた地域コミュニティの創生。そのためにも近隣のアートスペースや学生たちと協力しながら、人が集まるイベントを仕掛けていきたいと思っています。また、カフェレストランやギャラリー、レンタルオフィスなどのシェア空間を設けることで、私たちの空間づくりを一般の方々に見ていただく機会も増えました。今後はこの場所が、家元での家づくりを考えている方々のヒントになればとも思っています。