Profile
金沢21世紀美術館 館長
秋元 雄史
1955年東京生まれ。
1991年から2004年までのベネッセアートサイト直島の運営責任者。
屋外型美術展「直島スタンダード」や「家プロジェクト」を担当。
地中美術館館長を経て2007年から現職。
それを醸し出せる職人がいるんですね。
日本の家の魅力はなんだと思いますか?
そうだなぁ。まず伝統的な木造建築というのは独特の建て方をしますよね。西洋の家づくりでは図面がすべてです。設計図をつくったら、あとは材料をはめていくだけ。だからどんなデザインにも対応できるようなコンクリート鉄といった汎用的な建材が好まれるんです。いっぽう日本は木でしょう。木は生き物です。どの場合でも応用できるパーツとは違うんですよ。木はその土地の気候風土に適応して生きてきたので、その土地で使うのが1番いいんです。しかも山で北向きに生えていた木は北向きの柱に、南向きの木は南向きの柱に、というふうに自然に近い状態で建てるほうが強くなります。材料ありきの家づくりなんですね。日本の大工は木材1本1本の性格を推し量って家を建てます。そういう職人の知恵や腕による部分は設計図に前もって書くことができないんですよ。効率的なやり方とはいえませんが、でも実際に建った家は、やはりすばらしい。たとえばコンクリート建築の耐久年数は一般的に30年くらいだと思います。金沢の町屋は150年以上もっていますよね。なにより町屋には言語化できない趣や情緒があるでしょう。歳月を経た木の表情。色あせた畳の味わい。こういう身体的に感じる機能って、効率性を重んじる図面本位の家づくりでは出せないんじゃないかな。
金沢の町の個性をどうとらえていますか?
いいまちですよね。この町のよさって“金沢らしさ”がはっきり見えるところだと思います。太平洋側の都市に行ってみてください。極端な言い方ですが、みんな町のつくりが東京に似ているんですね。『東京のミニチュア化』している。日本は良くも悪くも東京を中心に国家がつくられていますよね。たとえば道路網や路線網は東京から地方へ伸びています。そんな中で金沢は東京に従属することなく、独立した都市たらんとしている。たとえるならヨーロッパの都市国家のような、金沢中心のまちづくりをしようとする意志が見えるんですよ。ではその“金沢らしさ”とは何かといえば、大きな特徴は加賀百万石の時代から受け継ぐ手工業の存在ですね。かつて江戸の幕藩体制の頃は、どの都市にも個性的な産業がありました。漆や陶器や焼き物のような。しかし近代化の中でほとんどの産業が衰退したり、変質したり、あるいは分業化して生産地を海外へ移してしまった。金沢のように町全体を代表するようなものとして伝統産業が残っていることは貴重なんですね。生産性という点では遅れているかもしれませんが、いまは大量生産時代が終わって人びとが新しい生き方を模索している時代です。こういうローカリズムが職人の手仕事がもつ可能性って大きいと思うんですよ。
金沢は”使う美”を宿す町と仮定していますが、
いかがですか?
金沢の特徴というより、そもそも日本伝統の美がそうなんでしょうね。日本人にはある日常的な営みをひとつ取り出して、それをベースに哲学や芸術を築くという側面があるんですね。わたしは最近プライベートで茶道をはじめたのですが、これなんかは好例でしょう。もともとはお茶を点てて飲むという日常茶飯事から、わびさびの世界観や陶芸や茶室建築などの芸術が生まれたんですから。こういう感覚は西洋人には理解できないんですよ。「ハイアート」と「ローカルチャー」という言葉がありますよね。彼らは絵画や彫刻といった純粋美術を、庶民的な生活文化と切り離して高次元のものとして考えている。つまり、用途のないものほど評価が高い。ダ・ヴィンチのモナリザはなんの道具にも使えませんよね(笑)。ひるがえって日本では、お茶を飲む道具の茶碗がわびさびの美や抽象的な世界観をあわせもっている。まさに”使う美学”ですよ。先にも触れましたが金沢の町には九谷焼や茶室建築といった伝統工芸が色濃く残っています。その技を受け継ぐ職人がいて、それを愛する町の人がいる。日本の美意識を継承する町、と呼んでもいいんじゃないでしょうか。『金澤家屋プロジェクト』でしたよね?この町の職人なら生活機能と美を両立させた家づくりもできるかもしれませんね。