Profile
金沢工業大学 環境建築学部長
水野 一郎
1941年東京都生まれ。東京大学工学部建築学科卒。
大谷研究室を経て1979年から現職。
代表作品は「金沢市民芸術村」「手作り木工館『もく遊りん』」など。
1997年にグッドデザイン大賞受賞。
建築史上いまだに現れていないんですよ。
金沢の伝統的な家の特長はどんなところですか?
まず雪国で暮らす知恵が詰まっていますよね。わかりやすいのが屋根の形です。茶屋街の町家を思い出してください。屋根が玄関のある表通りに向かって下りてきています。こういう建築様式を『平入り』と呼びます。本来なら『切妻』という屋根の山型の部分が正面に見えたほうが格好はいいんですよ。でもそうすると屋根の斜面が横に下りて、冬の屋根雪はみんな隣の家に落ちてしまいます。『平入り』は雪国で隣近所に迷惑をかけないためのルールなんですね。最近の住宅メーカーはこの常識を知らないので呆れてしまします。もうひとつ特徴的なのは農家を中心とした郊外の屋根の広さです。石川県の1戸あたりの住宅面積は全国でもトップクラスです。これは雪が積もると庭や縁先などの屋外空間が使えなくなるので、代替機能を家の中に確保したからです。広い土間や縁側や雪囲いがそれです。これらの空間は冬の農作業場になったり、炭や薪や食糧の備蓄所になったり、防災避難地になります。土間を採り入れた住宅を設計したことがありますが、接客スペースとしても活躍しますよ。みなさんが家に客を呼ぶのが億劫なのは、玄関の上にあげるのが嫌だからですよね。でも土間までなら気軽に招き入れられる。現代の人はこういう知恵をもっと先人から学ぶべきでしょう。
雪の対策以外にどんな美点がありますか?
そうですね。わたしは町家を超える都心居住システムはいまだに現れていないと思っているんですね。最新鋭のマンション?到底かないませんよ。ひがし茶屋街の地図を見てください。猫の額のような土地に何十軒という家が密集しています。なのに生活環境はいたって快適です。家々の間に中庭が点在しているでしょう。これが周りの家の通風や採光の役割を果たしているんですね。集団で生活する工夫があります。都会のマンションでは隣の住人の顔も知らないという始末でしょう。町家は住民同士が助け合うことを前提に設計がされているんですよ。金沢の町屋を見ると、つくづく職人の技に脱帽させられます。表の壁に『木虫籠』と呼ばれる紅殼格子がありますよね。これは外から家の中は見えないけれど、中から外は見えるという巧妙な造りになっています。風も通せば、光も通す。西洋建築でいうと『壁』と『天窓』の両方の機能を1つのフォルムで成立させています。見事ですよね。金沢の格子はとくにプロポーションがすばらしい。奈良や高山へ行くと、もっと格子が太いんですよ。金沢の格子は繊細で、最小限の鋲しか使っていない。いい木材といい職人がそろわないとできない仕事です。それだけ家に投資する旦那衆がこの町には多かったんですね。さすが加賀百万石の城下町です。
これから家をつくる人にアドバイスはありますか?
もっと遊びましょうよ。と言いたいですね。昔の金沢の家には遊び心がありました。家に上がると一般家庭なのに茶室がある。床の間には花鳥風月の軸が掛けられ、季節の花が活けられている。晩餐の食器は九谷焼。食事中には加賀友禅を着たお嬢さんが琴を披露してくれる。絢爛豪華な世界が広がっていました。金沢の町には家というステージだけではなくて、掛け軸や九谷焼などの道具があり、茶の湯やお琴といった文化的な営みもあった。この3つがそろう町はめずらしいです。いまの金沢の人はそういう市民性を家づくりにも活かさないともったいないですよ。もうひとつ。わたしはこれからの家のキーワードは『家族回帰』だと考えています。いま多くの父親が子どもをコントロールできないでいます。母親は友だちと遊ぶのに夢中になっています。でも数年後にはバラバラになった親子がもう1度家族を大事にする時代が必ずやってくるでしょう。そうなったときにどんな家が理想的か?わたしは食卓中心の家だと思います。食卓は強制しなくても家族が自然に集まれる場所です。ダイニングとリビングとくっつけて家の中で1番広く、1番景色のいい部屋に設計する。大きなテーブルで家族全員が団欒のときを過ごす。じつは昔の茶の間の発想ですよ。やはり先人の知恵は偉大、ですね。