第1部|出会いと想い
モデルハウスをつくるという選択
この家には、特定のお施主様はいなかった。
家元がオリジナルのモデルハウスとして計画した一棟であり、
完成後に住み手が決まることを前提にした、いわば「誰かのための家」だった。
だからこそ目指したのは、
分かりやすい豪華さや、流行をなぞるデザインではない。
これから家づくりを考える人にとって、
本質的なヒントになる家であることだった。
モデルハウス=豪華、きらびやか。
そんな固定観念に対して、家元はあえて違う答えを選んだ。
当時、ディレクターとして携わった伊藤はこう振り返る。
「お客様がいないからこそ、
“これは本当に必要か”を何度も問い直せました。
言われたことを形にするのではなく、
家元としての家づくりの軸を、空間で示したかったんです」
ダイニングテーブルやソファをあらかじめ置かない。
玄関ホールやリビングドアも設けず、入ってすぐLDKへ。
それは奇をてらうためではなく、
無意識に選ばれてきた“当たり前”を、一度疑うための選択だった。
第2部|設計と挑戦
一本の樹から、空間を組み立てる
このモデルハウスの設計は、
「樹をどこに植えるか」ではなく、
「樹を中心に、暮らしがどう巡るか」から始まっている。



玄関に立つと、まず視界に入るのは樹の根。
生活の入り口で、地面に近い感覚を受け取る。
そこからLDKへ進むと、
同じ樹が、今度は暮らしの中心として現れる。
食事をする、くつろぐ、会話をする。
そのすべての時間に、緑の存在が自然に重なる。
さらに階段を上がると、
2階からは樹全体を見下ろす視点へと変わる。
空間は、一本の樹を軸に、螺旋状につながっている。


中二階のように構成されたLDKの下には、
寝室や水回りといったプライベートスペース。
少し上には、将来子ども部屋にも転用できるフリースペース。


どの場所にいても、
樹との距離や見え方が少しずつ異なる。
その変化を、日常の中で感じられる設計だ。
装飾を足さない分、
寸法、動線、納まり、機能美がよりシビアに問われる。
シンプルだからこそ、追求が必要な家だった。
この家は、
家元が考えるモダニズムを
実験的でありながら、暮らしに即したかたちで表現した住まいでもある。

第3部|暮らしの現在
モデルハウスから、誰かの家へ
完成後、この家はモデルハウスとして公開され、
多くの人がこの空間を体験した。
「この家と同じ暮らしがしたい」
そんな声と同時に、
洗面の配置、上下階の距離感、樹の見え方など、
部分的な要素に共感する声も多く聞かれた。
そして現在、この家は、
モデルハウスという役割を終え、
実際に誰かの暮らしの場として使われている。
伊藤はこう語る。
「見せるためだけの家ではなかったから、
暮らしが入っても無理がない。
この家が、誰かの日常になっていること自体が、
このモデルハウスの答えだと思っています」
樹の成長とともに、
光の入り方や空間の表情も、少しずつ変わっていく。
この家はいま、
“提案”ではなく“日常”として、
静かに暮らしに寄り添っている。


編集後記|spend with greenという考え方
spend with green とは、
植物を取り入れることでも、
緑を飾ることでもない。
暮らしの中心に、
自然と向き合う時間や視線を置くこと。
広い庭がなくても、
外に出なくても、
一本の樹があるだけで、
時間や季節の流れを感じることができる。
このモデルハウスは、
「こういう家が建てられます」という答えではなく、
「あなたは、何と一緒に暮らしたいですか?」という問いだ。
家元は、
テイストを売る会社ではなく、
ライフスタイルをともに考える存在でありたい。
樹と暮らす家 ― spend with green。
それは、家元の家づくりの姿勢そのものでもある。