■ Scene 01:土地との出会いは、“暮らしの価値”を問う旅の途中で
― 家づくりのきっかけをお聞かせください。
施主・Yさん:
東京で働く中で、年々「自然に近い場所で暮らしたい」という思いが強くなってきました。ですが、ただの田舎暮らしではなく、海が見える静かな土地で、心地よく仕事も続けられる拠点が欲しかったんです。
最初は能登半島の存在すらよく知りませんでした。偶然の旅で珠洲を訪れたのがきっかけです。海から吹く風、澄んだ空、地元の人たちの素朴な笑顔――それらに出会った瞬間、「ここに根を下ろせたら」と自然に思いました。
ディレクター中川(家元):
初めて現地を一緒に歩いたとき、Yさんがその風景の中で深呼吸をして「ここにしたい」と笑っていたのが印象的でした。家づくりにおいて、“土地との相性”はとても重要です。すでにその時点で、建てる家の方向性が見えたような気がしました。
■ Scene 02:平屋に込めた想いと、敷地との対話
― 今回の家は平屋で設計されています。その背景にはどんな想いが?
施主・Yさん:
階段のない暮らしって、将来を見据えるととても安心なんですよね。生活の導線がシンプルになるし、自然の風や光をまんべんなく取り入れやすい。それに、平屋ってどこか“心が落ち着くかたち”だと思っていて。
ディレクター中川:
300坪という広い敷地があったからこそ、平屋の可能性を最大限に活かせました。建物を敷地のやや奥に配置し、手前にはゆったりとした庭とアプローチを設計しています。海からの風が通り抜け、時間とともに光が移ろう、そんな静かな空間の流れを意識しました。
■ Scene 03:暮らしに火を灯す、薪ストーブという存在
― 薪ストーブのある暮らしに憧れがあったそうですね。
施主・Yさん:
そうなんです。あの“火のゆらぎ”に癒やされる感覚が好きで。焚き火を見ていると時間の流れが緩やかになるというか、都会の時計とは違うリズムを取り戻せる気がするんです。設計段階から「薪ストーブは絶対」とお願いしました。
ディレクター中川:
ストーブの配置にはかなり議論を重ねましたね(笑)。最終的には、住居と事務所をゆるやかにつなぐ共用リビングの中心に設けました。火を囲んで自然と人が集まるような、“場”としての機能も込めています。
■ Scene 04:働くこと、暮らすことの境界線をほどく
― 今回は住居と事務所を一体化した設計です。その理由とは?
施主・Yさん:
リモートワークが当たり前になった今、自分らしい働き方を模索する中で「暮らす場所と働く場所を分けすぎない」ことの心地よさに気づきました。ただ、完全に同じ空間にするのではなく、緩やかに切り替えられる構成が理想でした。
ディレクター中川:
玄関を中心に左右でゾーンを分けつつ、中央のリビングやライブラリースペースで行き来ができる設計にしています。機能的でありながらも、空間が閉じない工夫を随所に取り入れています。特に天井の高さや採光のバランスにはこだわりました。
■ Scene 05:自然と呼応する“窓の設計”
― 窓の位置や大きさにも強いこだわりを感じました。
ディレクター中川:
窓はただ外を見るためのものではなく、“風景を暮らしの一部に取り込む装置”と考えています。海に向かって開かれた大開口の窓は、この家のシンボルのひとつです。朝は海面に光が揺らぎ、夕方には空がグラデーションに染まる。その時間の流れを、家の中で感じてほしいと思っています。
施主・Yさん:
図面上で見ても感動しましたが、CGで立体的に確認したときに「この家の一日を早く体験したい」と思いました。設計が進むたびに、“暮らしの実感”が少しずつ手元に降りてくる感じがしています。
■ 編集後記:図面の先にある“風景と心のゆらぎ”
完成まではもう少し時間がかかる。しかし、図面の線にはすでに風が通い、ストーブの火が灯っているような気配がある。それは、施主と設計士が交わした対話の積み重ねによって生まれた、かけがえのない住まいの原型。
次回・中編では、内装や外構計画、素材選びに込められた想いをさらに掘り下げてご紹介する。

