素材を慈しみ、風景とつながる。
― 奥能登・珠洲。本物の質感と、内と外の境界をほどく家づくり ―
奥能登・珠洲。海を望む300坪の敷地に、ひとつの平屋の計画が進んでいる。
前編では、この土地との出会いから、理想の暮らしを図面に描くまでの道のりを追った。
海を眺めながら過ごす時間。薪ストーブの火を囲む冬のひととき。そして、働くことと暮らすことが自然に隣り合う日常。
その輪郭が定まった今、家づくりは空間の質感や表情を決める段階へ。
玄関からリビングへと続く土間コンクリート。景色を遮らない細いサッシフレーム。富山の家具職人が手がける、ホワイトオークとステンレスの特注キッチン。そして、リビングからテラスへと連続する素材の美しさ。
そこに共通しているのは、見た目だけの美しさではなく、素材そのものが持つ表情を大切にするという考え方だ。
今回は、施主のYさんと家元のディレクター中川に、内装意匠と外構計画に込めた想いを聞いた。
■ Scene 01:本物の素材が持つ、飾らない美しさ
― 今回の内装では、できるだけフェイク素材を使わず、本物の素材を選ぶことを大切にされたそうですね。

施主・Yさん:
そうですね。せっかく家を建てるなら、見た目だけではなく、実際に触れたときの質感も大切にしたいと思っていました。
木なら木の、コンクリートならコンクリートの表情があるじゃないですか。そういう素材そのものの雰囲気が好きなんです。
ディレクター中川:
本物の素材には、均一ではない美しさがありますよね。木目や色の違い、光の当たり方によって変わる表情も含めて、その素材の魅力だと思っています。
もちろん、機能やメンテナンスも考えながらですが、今回はできるだけ素材そのものの質感を生かしたいと考えました。
― 時間が経つことで、素材の表情も変わっていきそうです。
ディレクター中川:
そうですね。無垢材などは、使い続ける中で色合いが変化したり、小さな傷がついたりします。でも、それも暮らしの積み重ねとして楽しめるといいですよね。
完成した瞬間だけが美しいのではなく、時間とともに愛着が深まっていく。そんな住まいになればと思っています。
新しいものが、いつまでも新しいままである必要はない。
日々の暮らしの中で少しずつ変化し、住む人の時間を刻んでいく。
本物の素材を選ぶことは、その変化を受け入れ、楽しむことでもあるのだろう。
■ Scene 02:土間コンクリートがつくる、空間の余白
― 玄関とリビングには、土間コンクリートを採用されていますね。

施主・Yさん:
コンクリートの少しラフな雰囲気が好きなんです。きれいに整いすぎていないというか、気取らずに過ごせる感じがあって。
薪ストーブとの相性もいいですし、海が見えるこの場所にも合っている気がしました。
ディレクター中川:
今回は、こだわるところを明確にすることも意識しました。
すべての場所に特徴を持たせるのではなく、玄関やリビングといった印象的な空間に素材の魅力を集中させる。そうすることで、ほかの部分とのメリハリが生まれます。
― こだわりを詰め込むのではなく、集中させるということですね。
ディレクター中川:
そうですね。全部を主役にしてしまうと、空間としては落ち着かなくなってしまいます。
土間コンクリートの無機質な表情があるからこそ、木の温かさや薪ストーブの炎も引き立つ。素材同士の関係を考えることが大切だと思っています。
住まいの美しさは、何を加えるかだけで決まるものではない。
どこにこだわり、どこに余白を残すか。
玄関からリビングへと続く土間コンクリートは、この家の空間を静かに引き締めながら、自然体で過ごせる居場所をつくろうとしている。
■ Scene 03:窓を消し、海を迎え入れる
― 海を望む大開口の窓も、この住まいの大きな特徴です。サッシのフレームを細くすることにもこだわったそうですね。

ディレクター中川:
この家では、窓そのものを見せたいわけではないんです。見せたいのは、その向こうにある海の景色。
だからこそ、サッシのフレームはできるだけ細く、存在感を抑えたいと考えました。
施主・Yさん:
最初は、窓が大きければ景色がよく見えると思っていたんです。でも、フレームの太さでも印象が変わるんですよね。
なるべく余計なものが視界に入らず、自然に海を眺められるようになったらいいなと思っています。
ディレクター中川:
フレームを細くするというのは、見た目には小さな違いかもしれません。でも、空間の印象には大きく関わります。
室内と外の境界をなるべく意識させず、風景がそのまま暮らしの一部になるような感覚を目指しています。
窓は、景色を切り取るための額縁ともいわれる。
けれど、この住まいが目指すのは、その額縁さえ感じさせないような開放感だ。
海の色、空の広がり、移ろう光。
建築が一歩引くことで、この土地が持つ美しさが、より鮮明に浮かび上がってくる。
■ Scene 04:富山の職人とつくる、暮らしの中心
― キッチン兼ダイニングテーブルは、富山の家具職人さんによる特注品だそうですね。

施主・Yさん:
キッチンは、今回かなりこだわりたかった場所のひとつです。
料理をするだけでなく、食事をしたり、ちょっと腰掛けて話をしたり。日常の中で自然と人が集まる場所になったらいいなと思っていました。
ディレクター中川:
今回は、キッチンとダイニングテーブルをひとつの家具として考えています。
天板にはステンレス、木部にはホワイトオークを採用しました。ステンレスのシャープな印象と、ホワイトオークの柔らかな質感。その組み合わせが、この家の雰囲気に合うと考えたんです。
― 北陸の家具職人さんとつくるという点も魅力的ですね。
ディレクター中川:
既製品ではなく、空間に合わせて製作することで、素材の見え方や全体のバランスまで丁寧に考えることができます。
家具職人さんの技術が加わることで、建築と家具が自然につながるような仕上がりを目指しています。
施主・Yさん:
自分たちのためにつくってもらえるというのは、やっぱり特別ですよね。
毎日使うものだからこそ、気に入った素材で、長く大切に使っていきたいと思っています。
さらに、キッチンまわりには無垢素材のカップボードも計画されている。
ステンレスの機能的な美しさに、木の自然な表情を重ねる。
キッチンを単なる設備としてではなく、暮らしの中心にある家具として捉えることで、空間にはひとつの統一感が生まれていく。
料理をつくる時間も、食卓を囲む時間も、何気ない会話を交わす時間も。
職人の手仕事によって生まれるこの場所には、これからの日常を豊かにする、ささやかな期待が込められている。
■ Scene 05:リビングの先に、もうひとつの居場所を
― テラスは、リビングとつながるように、天井と床に同じ素材を使う計画だそうですね。

ディレクター中川:
そうなんです。リビングとテラスを別々の空間として考えるのではなく、ひと続きの場所のように感じられるようにしたいと思っています。
天井と床の素材をそろえることで、室内から外へと視線が自然に伸びていく。大開口の窓との組み合わせによって、より開放的な空間になると考えています。
施主・Yさん:
テラスって、家の外にある場所なんですけど、リビングの延長のように使えたらいいなと思っていて。
天気のいい日は外でコーヒーを飲んだり、海を眺めながらゆっくりしたり。そういう時間が増えたら楽しそうですよね。
― 窓のフレームを細くすることとも、つながる考え方ですね。
ディレクター中川:
そうですね。窓の存在感を抑えることも、床や天井の素材をそろえることも、目指しているのは同じです。
室内と外をできるだけ自然につなぐこと。建物の中にいながら、外の広がりを感じられる空間にしたいと思っています。
リビングからテラスへと続く素材の連続。
その先には、奥能登の海が広がっている。
室内と屋外を明確に区切るのではなく、ひとつの風景として捉える。
その考え方は、300坪の敷地全体をどう生かすかという、外構計画にもつながっていく。
■ Scene 06:余白を残すという、贅沢
― 300坪という広い敷地について、外構ではどのようなことを大切にしていますか?

施主・Yさん:
せっかく自然に囲まれた場所なので、あまり手を加えすぎないほうがいいのかなと思っています。
もちろん使いやすさも大切ですが、海や空の広がりをそのまま楽しめるような場所にしたいですね。
ディレクター中川:
広い敷地があると、つい何かを配置したくなりますが、今回は余白を残すことも大切にしたいと考えています。
建物から庭へ、そして海へと視線がつながっていく。その流れを邪魔しない外構が理想ですね。
施主・Yさん:
完成してから、少しずつ自分たちらしい使い方を見つけていくのも楽しみです。
季節によって過ごし方も変わると思うので、最初から全部を決めすぎなくてもいいのかなと思っています。
外構は、建物の周囲を飾るためだけのものではない。
建築と土地、そしてその先に広がる自然をつなぐ、大切な役割を担っている。
何もない場所にこそ、生まれる豊かさがある。
そんな余白の美しさもまた、この住まいの魅力になっていくのだろう。
■ 編集後記:本物を選ぶことは、時間を楽しむこと
玄関とリビングに採用した土間コンクリート。
風景を邪魔しない、細いサッシフレーム。
富山の家具職人が手がける、ステンレスとホワイトオークの特注キッチン兼ダイニングテーブル。そして、無垢材のカップボード。
さらに、天井と床の素材をそろえ、リビングとテラスをひと続きに感じさせる設計。
一つひとつの選択には、共通する美意識がある。
それは、本物の素材を大切にしながら、こだわる場所を見極めるということ。
すべてを飾るのではなく、素材の魅力が自然と引き立つように整える。
そして、建築の存在を必要以上に主張させず、この土地が持つ風景を暮らしの中へと迎え入れる。
今回の取材を通じて感じたのは、Yさんと中川さんが、完成した瞬間の美しさだけでなく、その先に続く時間を大切にしているということだった。
無垢材の色が少しずつ変わり、ステンレスに日々の使用感が刻まれ、土間の上で薪ストーブの炎が揺れる。
そんな日常の積み重ねによって、住まいは少しずつ、その家らしい表情を深めていくのだろう。
まだ図面と素材の中にある、これからの暮らし。
けれど、その輪郭は確かに、鮮やかになり始めている。
次回・後編「海とともに、暮らしがはじまる。」
完成を迎える住まい。選び抜いた素材や、丁寧に考えられた空間は、どのような表情を見せるのか。最終回では、建物の完成と、その先に広がる新しい暮らしをお届けする。
■ ディレクター中川の後日談
「今回は素材選びが本当に楽しかったですね。コンクリートや無垢材、ステンレスなど、それぞれの良さをどう生かすか、Yさんと一緒に考えました。特に職人さんにつくってもらうキッチンは私も楽しみです。海の景色と素材がなじんだ空間を、早く見てみたいですね!」
